STEM エキスパートコラム

住宅の研究開発と創造性

私は、積水化学工業(株)に入社後、最初の10年間は中央研究所で高機能材料の研究開発、次の20年間は住宅の材料や住性能の研究開発、そして東京本社での10年間は住宅の広範で膨大かつ長期に亘る性能・品質システムの統括管理責任者(研究・開発・設計~生産・施工~維持管理・AS)を勤めた。
前回の藤盛さんのコラムの最後に創造性について触れているが、私は住宅の研究開発と創造性について記したいと思う。

かつて、日本の高度成長に伴う大きな住宅需要があったため、工業化住宅の各社はそれぞれの構造や部材を用いて、生産・施工も大きく異なる状況で進んでしまった。つまり、各社住宅に共通の部分はほとんどなく、それ故、大学や公的研究機関には工業化住宅に関するテーマは極めて少なく(在来木造住宅はその限りでない)、構造・防耐火・居住性能など、主要な技術開発は各社の創意工夫が必要であった。
50年ほど前、入社して中央研究所に配属された私は、ヴァン・ファンジェの「創造性の開発」という本をベースに、創造性についてずいぶん議論を交わした。60年前のヴァン・ファンジェの主張(初版1963年)も、前コラム(藤盛さん記)で引用したスティーブ・ジョブズと同じで、創造は既存の要素を新しく組み合わせることであると定義した。つまり、創造性はそれほど難しいことではなく、その鍵は組み合わせにあるという。そうは言っても、創造が努力なしでできるわけではなく、そのための準備や訓練が必要である。この時期の考え方や訓練は、その後の私の研究開発に生きている。

ここに、「セレンディピティ」という言葉がある。これは偶然の発見や思いがけない幸運を意味し、革新的なアイデアを生み出すことがある。これに似た言葉の「ひらめき」は、突然浮かぶ新しいアイデアや解決策のことで、それまでの知識や経験に基づいて、ある瞬間閃光のようにイメージが浮かぶ。
いずれにしてもこれらが創造性の礎であり、幸運なセレンディピティを生かし、素晴らしいひらめきを得るためには、常にそれなりの準備をしておく必要がある。
創造が既存技術などの新しい組み合わせとするなら、まずはそのための材料が必要。研究開発者は、広い分野の科学技術から社会動向まで幅広い多様な情報を持つべき。今はITやAIで様々な情報が瞬時に手に入るが、羅列された情報だけではいくら多くても使えない。できるだけ一つ一つの情報が咀嚼され、技術であればその原理や機能を知り、概要がイメージとして頭に入っていなければ、セレンディピティやひらめきの材料にはならない。情報の詳細は、別途自分なりに整理された形で保存しておけばよい。そのための使いやすい優れたアプリもあり(ex.Camscanner)、常に身近におけるスマホやi-Padで情報収集し、このアプリに自分なりのキーワードを付けて残す。一般文書に加えて、雑誌や新聞の記事・手書きメモなども写真・pdfなどにして保管できる。アイデアがひらめいて、いざその詳細情報が必要という時には、スマホ・i-Pad・パソコンで容易に検索・取り出しができる。
こうした材料を持った上で、考えて考えて考え抜く。そして追い詰められたその先にセレンディピティやひらめきが生まれる。
昔から言われているひらめきの起こりやすい場所や時間は、馬上・枕上・厠上。現在で言えば、馬上はさしずめ自転車かウォーキングあるいは電車に乗車中か(車の運転中は危ない)、枕上はうとうとしている時、厠上はトイレやお風呂の時、だろうか。いずれも、ぼーっとできる自由な時間、脳波で言えばα波が出てリラックス状態になりやすいところ。α波の出ているときは同時に集中力も向上すると言われており、潜在的な素晴らしい力が発揮できる。セレンディピティやひらめきが発生しやすくなる。
そして、このひらめきが生まれた時、これを捕えて生かさねばならない。
そのためには、やはりメモが必要である。かつてダイエーの中内会長の言葉に「忘れるためにメモする」というのがあった。ひらめきや思考はどんどん進行する。すぐ前のことを忘れても大丈夫なようにしなければ思考は進展できないし、逆に初めの論旨やアイデアを忘れてしまう。何らかの手段でうまく記録していけば、安心して思考も進められる。
私自身のメモ手段は、手書きのメモ⇒デジタルレコーダーによる音声録音⇒スマホの音声入力によるメモアプリ、と進化してきた。
小型のデジタルレコーダー(音声記録)は非常に便利で、いつでもどこでも(寝ている時・トイレの中・歩いている時・電車の中・・・)、思いついたことを手軽に記録できる。ただ、取り出して文章にするのに手間がかかった。最近はスマホが進歩し、音声入力での文章作成の精度が高くなり、メモとしての記録が容易になってきている。メモすることの重要性を認知し、進歩した技術の恩恵にあずかればいい。
そして、更に重要なのは、何事も否定しない精神である。自分の論旨に合わないことや仮説に沿わないことこそ大事にしなければならない。変なデータが出た時は幸いであるし、思いついたひらめきがどんなに馬鹿げていようが大事にしたい。

ここに、私自身の住宅での技術開発のひらめきの一例を示しておく。
私共の住宅はセキスイハイムというユニット住宅であり、多くのユニットを組み合わせて住宅を作る。ここに構造の詳細は省くが、40年ほど前には鉄骨梁や軽量の床ゆえの床振動や床衝撃音が大きな課題であった。これを改善するにもコスト・重量・生産性・施工性・耐久性の制約が大きく、解決に苦労していた。そこで、サウンドインテンシティ技術やモーダル解析技術を使って状況を把握したが、いざ解決策となると頭を抱えた。その頃、静音化のための制振鋼板や、地震などの横揺れを低減するためのパッシブ動吸振を知っていた。そこで入浴中にひらめいたのが、適切な粘弾性材料を、2Fユニットの床梁と1Fユニットの天井梁の間に挟み込み施工して大きな制振梁とすることと、生産時に2F床の端部小梁間に板を張り渡して低音部の動吸振を行うことであった。そしてとにかくやってみた。試行錯誤の末、ユニット住宅の規則性を生かし、前述の制約にも大きくかかることなく、床振動や床衝撃音が劇的に改善された。思わぬ方向で解決できた一例である。

最後に、喜劇俳優のチャップリンが残した言葉を紹介し、このコラムを締めたい。
「いいかい、もし良いと思ったら、どうやろうかなどと決して心配するな。つまり直観だよ」
「人生は素晴らしい。恐れる気持ちさえ持たなければ・・・何よりも大切なのは勇気だ、創造力だ」

(追記:つらつら考えるに、スティーブ・ジョブズの創造の偉大さは、新しい技術の創造は勿論であるが、顕在・潜在のニーズ情報を組み合わせて新しいニーズを創造したこと、つまり新しい価値観やライフスタイルを提供したことにあるのだろうと思う)

武田 敏郎(たけだ としろう)

元 積水化学工業株式会社 執行役員